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zoom RSS バッハ氏 コーヒーを嗜む!

<<   作成日時 : 2009/02/15 11:00   >>

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先日、ロイターのサイトで『山谷のカフェ・バッハ』というブログ記事(2月10日付)を見つけました。

カフェ・バッハはとても有名なお店です。コーヒー好きの『聖地』と呼ばれているそうです…
その聖地があるところが、東京、台東区山谷。言わずと知れた日雇い労働者の街です。

そこにこだわりのコーヒー店というのも不思議な気がしますが、山谷であることに意味がある、厳しい生活を続けている山谷の人たちにこそ良質のコーヒーを提供したい、オーナーの田口さんはそう話したそうです。

『カフェ・バッハ』は、山谷の人々にひと時の安らぎを与える大切な場となっています。

ロイターがロイターたる所以はこの後に続きます。

売り上げが落ち込むときにも、オーナーも従業員とともに減給し雇用を確保し、決してアルバイトは使わない。コストはかかっても従業員の質を維持していく。

サービス、応対も素晴らしいこのお店で働くことは、業界の一種のステータスとなっているのだそうです。

ブログの最後は、雇用問題の深刻化の中で「『カフェ・バッハ』はあるべきビジネスモデルの1つを示しているのではないだろうか。」と結ばれていました。

ロイヤルドルトン カーライル.bmp


ところで、バッハには有名な『コーヒー・カンタータ(おしゃべりはやめて お静かに)BWV211』というドラマ ペル ムジカ(音楽で表現するドラマ)があります。

これはライプツィヒのツィンマーマンのコーヒーハウスで演奏されたのですが、バッハはここで10年間(1729年〜1737年、1739年〜1941年)も、ライプツィヒ大学の学生による演奏団体『コレギウム・ムジクム』を指揮してライブを行ないました。

このライブ、毎週1ないし2回も行われていたのですから、膨大なレパートリーが必要だったはずです。ところが残念ながら、大半の作品は散逸してしまいました。

バッハの時代、コーヒーハウスは町の人々の溜まり場として議論や会合が開かれていました。なぜか入場料を払わねばならないのですが、当時のドイツでは「女性はコーヒーを飲むべきではない」とされていました。ロンドンのコーヒーハウスは女人禁制!だったそうです。

コーヒーはトルコから発展して17世紀にヨーロッパに上陸。ヨーロッパ最初のコーヒー店は、1645年にヴェネツィアでオープンしました。その後ヨーロッパ中に広まり、コーヒー店は文化を育み、歴史をつくる《場》となっていきました。(パリのカフェ・ドゥ・マゴですね!)

バッハの生活していたザクセン地方は、7年戦争の後、1736年にプロイセンのフリードリッヒ大王と統治下になりました。領土の復興のため、経済政策を推し進めた彼の頭を悩ませたものは、コーヒーでした。生豆を購入するために、外貨がどんどん国外へ流出してしまうのです。

そこで、コーヒーを贅沢品とした上で、医者を通じてコーヒーは身体に悪いと言わせたり、女性にとってコーヒーは良くないと吹聴したりしました。

そんな中、裕福な階層の人々は自らの富を誇示するため、高価なコーヒーカップや銀器を収集しました。
でも贅沢品のコーヒーは思うように手に入らず、コーヒーをお湯で割って飲む習慣が出来上がりました。

そこで生まれたのが、底に絵柄をつけたマイセンのカップです。薄いコーヒーの底に映る『小花コーヒー(Blumchenkaffee)』を楽しむなんて、ちょっと日本的?(そういえば、マイセンもルーツは有田焼でしたっけ)

それでも増えるコーヒーの消費量に業を煮やした大王は、バッハの死後1777年、ついに『コーヒー禁止令』を出し、81年には『王室以外でのコーヒーの焙煎を禁止』しました。
            (参考;UCC上島珈琲 珈琲コラム)

ロイヤルドルトン ビルトモア.bmp


こんなコーヒー狂想曲の時代に、バッハの珈琲カンタータは上演されました。

コーヒーに目のない娘に手を焼く頑固親父、シュレンドリアン。
コーヒーを飲むなら外出させないとか、流行の服も着てはならないとか色々と言ってはみるものの、娘のリースヒェンはコーヒーさえ飲めれば構わないわ!と素っ気無い返事。

そこで究極の一言、「結婚はさせんぞ!」。さすがの娘もこれには降参。
でも、父親が婿を探しに行った後、「お婿さんが『私がいつでも好きな時にコーヒーを飲んでも良い』という誓約書を書いてくれなきゃお断り!」とほくそえむのでした…


こんな他愛のない内容ですが、当時、人気のあったピカンダーという詩人が歌詞を書きました。この歌詞を使ってバッハ以外の作曲家も曲をつけたといいますから、当時の人々のコーヒーに対する熱い思いが伝わってくるようです。


Norikoさんのお父様のバラ.bmp
昨夏亡くなられたNorikoさんのお父様の造られたバラ『マダム・ヒデ』。お母様への思いが一杯詰まっています。

バッハの遺品の中にもコーヒーポットやカップがあったそうです。
コーヒーカップを片手に遠くを見つめ、物思いにふけるバッハ氏…深遠なる音楽の世界に思いを馳せていると思いきや、案外子供のことで頭を悩ませているだけだったりして…

ちなみに、ライプツィヒでのトーマスカントールのお給料はそれほど高くなく、このライブはかなり良い副収入になっていたようです。





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コーヒーブログを読んだら
♪ダバダァーバーァダダバダーダバダーァー♪
某コーヒーのCMの曲が頭からはなれなくなりました(笑)今日の三時のおやつの時には、コーヒー飲むことにします☆
しかし、自分の父親が、シュレンドリアンみたいだったら、めんどくさいだろうなぁ〜☆
あ、コーヒーネタで思い出したのですが、昔、
板ガムでコーヒー豆の絵がついているガムありましたよね♪あれ、小さい時やたーら食べていたなぁ。最近めっきりみないけれど・・・。

話はかわりますが、今朝通勤途中で、
カモシカに遭遇しました。
住宅街でですよ!最初、小さいおっさんかと
思いましたが、カモシカさんでした。
写メしようかと思ったら、信号が青に・・。

亀仙人
URL
2009/02/16 12:01
住宅街でカモシカさん。
「カモシカのようなおじさま」なら
是非お会いしてみたいと思うけれど
「おっさんのようなカモシカ」と言われると、
ちょっぴりメタボなイメージを
抱いてしまうのは、
単なる私の先入観でしょうか。

ところで亀仙人さん、
私は数年前、高速道路を横断している
ヘビを見ました。
あんなシーンに遭遇したのは
初めてだったので本当に驚きました。
ヘビさんはたいそう急いだ様子で
渡っていましたが、
混んでる高速じゃなくて本当に良かった
(車が多かったら、ひかれていたかも・・・)。

コーヒーって奥が深いのですね。
今までは何気なく飲んでいましたが、
そんなに貴重な物だったとは!

コーヒーも秋茄子も、
人目をはばかることなく
堂々と味わえる時代に生まれてきた事に
感謝しようっと。




ゆみ
URL
2009/02/19 19:55
はじめまして、先日のオペラシティでの
演奏、拝聴いたしました。

どの演奏も素晴らしく感動しました。
また、

ト−クが大変興味深く、面白かったです。

フランスとドイツ、どちらに
留学するかで変わる話など、

今まで聞いたことが無いスト−リ−に
びっくりしました。

私はヒ−リング関係の本やCDを
出版しているもので、
今回の香取さんの演奏は大変刺激になりました。

いつもオペラシティのオルガンは
聴きにいきますが、
香取さんは大変印象に残りまして、

こうしてブログにコメントさせて
いただきました。

今後もどこかでお会いできるのを
楽しみにしております。

追伸
私は福島県出身です。
秋田から雪をもってきてしまったのでは?

というお話、面白かったです。
橋本翔太
URL
2009/02/28 13:16

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