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zoom RSS 退廃芸術展と大ドイツ芸術展を振り返る 〜藝大プロジェクト2013

<<   作成日時 : 2013/05/22 14:13   >>

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 5月18日、ちょっと風の強い、でもさわやかな日、東京藝術大学演奏藝術センター企画 藝大プロジェクト2013「消える昭和〜その時、世界は?」に足を運びました。

今回は「戦争の世紀@〜二つの戦争のはざまで」と題し、前半は「退廃と大ドイツーボイスのレームブルック講演(1986年)をきっかけに」という水沢 勉氏(神奈川県立美術館館長)のレクチャー。後半は「20世紀《退廃音楽》コレクション」という藝大生とその教師陣によるコンサート。

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コンサートのプログラムは

マックス・トラップ(1887-1971)  ディヴェルティメンOp.27から第4楽章、第5楽章  
 小編成オケ(1931)
エルヴィン・シュールホフ(1894-1942) ホットソナタOp.70       
 アルトサックスとピアノ (1930)
パウル・ヒンデミット(1895-1963) 室内音楽第2番 Op.36-1
 ピアノ・コンチェルト (1924)
フランツ・シュレーカー(1878-1934) 室内交響曲 (1916)    
 ※打楽器付きのハルモニウムやチェレスタ、ピアノ、ハープまで入るので、小編成といっても24名という数で演奏していました。

マックス・トラップは、ナチスの御用作曲家として活躍したため、戦後はほとんど無視された作曲家である。曲はなるほど大衆受けするだろう。。。ヒトラーがウィーンの美術アカデミー受験に描いた絵を思い出しました。

そのあとのシュールホフ以下は、ナチスによって《退廃音楽》のレッテルを貼られた作曲家たちの作品。ジャズの影響、表現主義的、エロティックなオペラを書いていたりと、言うなればナチス好みではなかったのである。

演奏は、とてもよく準備されていて素晴らしかったです。でも、ヒンデミットの楽章間で、10名程の聴衆が出て行くのを見ました。ヒンデミットは、演奏ではなく音楽が少々しんどかったので、仕方がないかなと感じました。


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                    旧奏楽堂 ただ今お休み中


翻って、ボイスのレームブルック講演から退廃芸術展と大ドイツ芸術展をお話くださった水沢館長さんは、もっともっとお話しされたいようで、こちらももっともっと知りたかった!という感じでした。

彫刻家レームブルックは1919年に自ら命を絶っているにも関わらず、細長く引き伸ばされた静謐な人体表現が、ナチスから《退廃芸術》という烙印を押された。所狭しと作品を並べたてた《退廃芸術展》のフロアに、彼の「ひざまずく女」は放り出されたように置かれていた。ヨーゼフ・ボイスはそんなレームブルックの作品の入った図版から、現代美術家としての歩みを始めたのである。

ナチスは、何か新しい価値観を生み出していくような芸術を嫌ったわけで、退廃芸術にはクレーもカンディンスキーも、シャガールもゴッホも入っていました。自ら美術学校を志しただけのことはあるわけで、アートの力を知っていたとも言えますね。

この時代、日本でも同盟国以外の曲は許されなかったり、藝大の学生も戦争画を描かされたり…さまざまな苦難があっただろうと推測できますが、あまり歴史の表面に出てこない問題でもあるのではないかなぁ、と最近の日本国を眺めがら思いました。


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                    東博を遠くに臨む

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