オルガンはいからさん@大川西根小学校~学校にオルガンがやってきた~

12月1日、秋田オルガンかわら版の会による、『オルガンはいからさん~学校にオルガンがやってきた~』が大仙市立大川西根小学校PTA主催、大仙市教育委員会の共催で行われました。

前半は、文明開化で一気に西洋文化が流れ込んだ明治期のはいからさんたちの活躍をたどり、後半は学校教育、唱歌の成立、そして今回のメイン大川西根小学校の全校オーケストラの歩みをたどりました。

会場には、車いすでお越しくださったお年寄りの方の姿も…そして、全校オーケストラの立役者、後藤昭三先生にもお出でいただきました。

ナレーション原稿を書きながら、いつの時代でも『ひとりの人の情熱が多くの人々を動かす』、ということを学んだ気がします。
全校オーケストラによって音楽の道を選び、秋田市で高校教諭をしているかわら版の会の会員もいます。

さまざまなことが不透明な時代、このようなまっすぐな人の姿にすがすがしさを感じたコンサートでした。


       コンサート開始前 
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用務員さんがベルを持って授業開始を知らせるように、ベルで後半の開始。唱歌の成り立ちをたどりながら、会場の皆さんに、歌でコンサートに参加していただきました。伴奏は大川西根小学校で教べんを取られたこともある倉橋三紀子先生。学校に残るデスクオルガンは、まだ透明で懐かしい響きを保っていました。
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全校音楽、全校オーケストラの歩みをたどりながら、クリスマスのオルガン曲も聴いていただきました。
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なぜ、私がこの小学校にこだわるのか、それを語ったナレーション原稿の一部をご紹介しておきます。ここでは私は、不覚にもちょっと感極まってしまいました。


平成2年、1990年、アトリオン音楽ホールのオルガニストとして秋田の地にやってきた私は、赴任してほどなく、当時のプロデューサーだった故塩谷栄先生と共に、音楽鑑賞教室に出向きました。朝、学校に電話してすぐに出発、午後には子どもたちを前に演奏。まさに“突撃となりの…”のような音楽鑑賞教室でした。受け入れてくださる学校もさることながら、それをやってしまう塩谷先生と私もなかなかのものだったと、今になって思います。その時、廊下にあったデスクオルガンから、小フーガト短調のテーマが流れてきました。オルガン鑑賞の前に、小フーガト短調のテーマを弾いている子どもがいたのです。まさに驚き以外の何物でもありませんでした。

突撃音楽鑑賞教室のあと、当時の校長、坂本先生が子どもたちの感想文を送ってくださいました。
その中に、2年生の女の子のこんな一文がありました。『バッハさんは人の心を光らせるためにああいう曲を作ったと思う』というものでした。
それが、これから演奏します、バッハの『我ら悩みの極みにありて』という短いコラールでした。

追伸;12月末、1,2年生を対象にオルガン体験授業が行われれることになりました。担当は、リードオルガンを弾いてくださった倉橋三紀子先生です。公立小学校でオルガン授業!ってなんかすごいです。


県南日日新聞の記事が出ました
http://www.kennichi.com/news12/Dec/n121202.html

この記事へのコメント

マ-ニャ
2012年12月05日 19:01
素晴らしいですね!! 秋田でパイプオルガンもっともっと広がってほしいです。パイプオルガンの演奏をこなすス-パ-小学生が現れたりして!!!ワクワク
オルガンマン
2012年12月06日 11:49
マーニャさん、みんながワクワクして何かをするってとても大事だと思います。がんばってほしいですよね!
亀仙人
2012年12月11日 10:54
ごぶさたです☆かめへんくてよかったです(笑
オルガンマン
2012年12月12日 18:32
みんなにカメだったら「噛め!」って言われてるんじゃない?とダメだしされましたが、原稿のそばにさりげなく置いといたら、かめへんかったです!カメの貸出、ありがとうございました。

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